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CHILL

武蔵新城/元サウナを再生、アート・食・教育で価値再構築

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『CHILL』を企画プロデュース・運営
bonvoyage代表取締役 和泉直人さん

アトリエと美術館、フードコート、〝学校〟の複合施設――。元サウナの建物を再生し、2020年8月に開業したCHILLを、一言で説明するとこうだ。珍しいが、奇をてらった施設では全くない。


bonvoyageの和泉直人さんが企画・運営を務める。CHILLは、地域の潜在ニーズと、和泉さん自身にとってのキーワードである『アート』、『教育』を掛け合わせた〝文化醸造施設〟だ。NY、デザイン、不動産、建築設計――。異なる文化に触れ、複数の業種を経て得た経験値を総動員して生まれたCHILLの、活況の秘密に迫る。

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1階は駐車場。外階段を上って2階のエントランスから入ると、突き当たりまで廊下が続く。壁には、アーティストたちの作品が展示されている。通路自体が美術館、その名も〝通路美術館〟だ。壁を隔てた左側には、サウナの浴場を生かしたシェア形式のアトリエ。


そしてアート空間はそのまま、階段を上った先の3階フードコートでも、途切れずに展開される。壁にアートが描かれ、配置されたソファやテーブルは、ビンテージ調の一点ものばかり。やや暗めの照明と相まって、隠れ家のような雰囲気が漂う。

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飲食店の〝常識外〟あえて入りにくい仕様に

飲食店のセオリーと言えば、路面店だ。CHILLのフードコートは、セオリーから外れているにも関わらずいつも賑わい、週末の昼時は、約50席ある座席がほぼ満席になる。

 

「元々サウナだったので、建物は窓が少なく開放性に欠けます。しかもエレベータがない。そんな特性を逆手に取りました」。和泉さんが言う。

 

物理的にオープンな飲食店は、気軽に入りやすい反面、トラブルを起こす客の入店リスクも高まる。その点、CHILLはあえて入りにくい仕様のままにして、「ハードルを超えた人だけがくつろげる飲食店」(和泉さん)というテーマを暗に打ち出した。そして、実際に〝超えた〟人たちのリピート需要をつかんだ。

 

フードコートには、4つのキッチンが入居。和泉さん自身が経営するカフェ、『Bon Voyage LOUNGE』も店を構える。
200㎡超の店内は、家族連れも過ごしやすい。アートが施されたおしゃれな内装と、ファミリー層の組み合わせは一見、ミスマッチにも感じられるが、和泉さんは事前にそのニーズを確信していたという。

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「都会の文化求めている」 潜在ニーズ掘り起こす

CHILLの誕生は、廃業したサウナの活用をオーナーから相談されたことが始まりだった。それまで武蔵新城にあまり縁がなかったため、まず街のニーズを探ることに。2019年夏、廃業したガソリンスタンドを貸し切って、2日限定の〝ビーチ〟を開催した。業務用プールをたくさん並べ、壁にはアートを描き、地域に開放したのだ。

来場者数は、2日間で約400人。その中で子ども連れの親たちに、『地域にほしい施設』を聞いたところ、多かったのは「天候に関係なく、子どもを遊ばせられる施設」。ある程度、予想通りだった。


ふと、和泉さんは母親たちの装いが気になったという。
「あれ?おしゃれだな、と。聞けば、以前は東京都内に住んでいて、子どもが生まれ家が手狭になったから引っ越してきた、と言うんです。つまり、都会の洗練された文化に馴染みがあって、無自覚に今もそれを求めている、と何となく分かりました」(和泉さん)。


潜在ニーズに気づいた瞬間だった。

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2日限定の〝ビーチ〟の様子 ※bonvoyage提供写真

偏差値・暗記重視の教育 子どもの原風景にアートを

アートは、空間演出のためだけに取り入れたのではない。それは和泉さんの半生と深く関わる、キーワードでもある。

アートとの出会いは、19歳で単身留学したNYだった。
「地下鉄の構内をはじめ、街全体がアートでした」(和泉さん)。NYでは美大に進み、インテリアや服のデザインを学んだ。

翻って、日本の街でアートを目にする機会は多くない。和泉さんは言う。


「たまに美術館に出掛けるのもいいけれど、街中に何気なくアートが存在していれば、もっといいと思います。特に、子ども時代の原風景にアートがあることが大切」。それは、4児の父である自身の課題とも重なるという。

「日本の教育は、偏差値や暗記を重視します。でも相対的な評価や、暗記問題に1つでも多く答えることに、どれだけの意味があるのでしょう。少なくとも僕の場合、それらが仕事で役に立ったことはほとんどありません。そういう教育に疑問を感じてきましたが、そのレールに(我が子を)乗せざるを得なかった。社会の構造が、そうなっています」(和泉さん)。

そんな環境下でも、子どもの頃からアートに触れていれば、豊かな感性が自然と育まれていく。それが、正解のない社会を生きていくときの指針になるはず――。和泉さんはそう、考えている。

『教育』の観点で言うと、CHILLでは『スクールX』を月1回程度開講している。アーティストやフードコートの入居者が講師を務め、得意分野を生かした授業を展開する、誰でも気軽に参加できる〝学校〟だ。これまでは、フィルムカメラでの写真の撮り方や、小学生を対象にした包丁の使い方教室等を開催してきた。

運営費としてBon Voyage LOUNGEの売り上げの約1%を寄付し、参加費は材料費程度。講師料はゼロなので、即時的な経済価値は生まれない。しかし各店舗にとって、集客のフックとなる〝関係人口〟を増やす契機になる、と和泉さんは考えている。

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サウナの浴場を生かしたシェア形式のアトリエ

※bonvoyage提供写真

多様な人々集まる場 「関わる皆が豊かになってほしい」

関係人口は、CHILL全体にとっても重要な要素だ。フードコートでは店舗ごとに関係人口が生まれ、その総和は大きくなる。この中には利用客であるだけでなく、出店意向をもつ人々もいるはずだ。特に武蔵新城周辺は子育て世帯が多く、「今後、主婦の社会復帰需要が顕在化する」と和泉さんは予想。その際、経験を生かして〝小商い〟を始めたいという声があれば、シェアにより出店コストが少額で済むCHILLは、受け皿になれる。

不動産業では、1フロアを1事業者に、しかも経済合理性を踏まえ大資本に貸し出すのが一般的だ。和泉さんはそんな〝常識〟に捕らわれず、多様な背景・特技をもつ多様な人たちが集い、交わる場をつくった。


「CHILLに関わるすべての人が、それぞれにとっての豊かさを感じてほしい。僕がそれを突き詰めるのに、数値目標はない」(和泉さん)。今後について、そう言い切る。

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ライター

​フォトグラファー

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鹿島 香子

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小川 麻央