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​日進月歩

日進町/「アート」「交流」で居心地よい空間に

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ゲストハウス『日進月歩』 吉崎弘記さん

JR各線が行き交う一大ターミナル、川崎駅。周辺は商業施設や高層マンションがひしめき、賑わいが絶えない。そこから京急線沿いに10分ほど歩くと、景色は住宅街へと変わる。ありふれた街並みの一角に、日進町のこじんまりした姿もある。その中で、ベンガラ色をした外観の建物が目を引く。川崎に根を下ろし、新築やリノベーション、街づくりの実績をもつ不動産会社・NENGOが、簡易宿泊所をリノベーションしたゲストハウス『日進月歩』だ。

 

日々運営に当たる、NENGO HOTELAS執行役員の吉崎弘記さんに、再生の経緯から開業後の歩み、そしてコロナ禍で浮き彫りになった“日進月歩ならではの価値〟とは何かを聞いた。

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簡易宿泊所が並ぶ 元労働者たちの町

高度経済成長期、京浜工業地帯の中核である川崎には、大勢の日雇い労働者たちが集まっていた。彼らが寝泊まりする場としてつくられたのが、簡易宿泊所(以下、簡宿)だ。宿泊所といっても、滞在期間は長期にわたり、実質的に暮らしているケースが多かった。日進町は、そんな簡宿の集まる小さな町として誕生した。

 

その後、労働者たちの高齢化に伴い、住宅に置き換わる形で簡宿は年々減っていった。こうした状況下で、簡宿『相楽ホーム』のオーナーが、経営の先行きを憂慮し川崎市を介してNENGOに相談。時勢を鑑み、ゲストハウスとして再生するプロジェクトが動き出した。

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壁一面が〝アート〟 昭和建築に新風吹き込む

相楽ホームの建築年は1963年。〝昭和の趣〟を残すため、既存の建物をなるべく生かす方針を取った。住み込みの管理人室を共用リビングに変えたほかは、間取りに手を加えず、建具類もそのまま活用。現行法に準拠する形で、部屋数は25室から15室に減らした。

 

その上で、「新しい風を吹き込む」(吉崎さん)要素を取り入れた。〝アート〟だ。7人のアーティストに協力を仰ぎ、1人1部屋ずつ、それぞれの世界観で『川崎』を表現してもらった。椿や夜景をモチーフにしたり、文字と融合させたりした芸術作品が、壁一面にダイナミックに展開された。

 

こうして2018年1月、ゲストハウス『日進月歩』がオープン。NENGOが設立したグループ会社、NENGO HOTELSが運営する体制となった。宿泊料は1泊3500円で、近隣相場の倍近い設定。それにも関わらず、宿泊客は順調に集まったという。羽田空港に直通の、京急線・八丁畷駅から徒歩5分という地の利から、搭乗前の前泊需要をつかめたことが大きかった。海外からの旅行客も多く、全体の2割を占めた。

 

また、宿泊客の多くを占めたのは女性客。アートによる訴求が、特に女性層に対して奏功したようだ。リピート率も高いという。

 

こうして人の出入りが生まれたことで、以前から町で暮らしてきた人たちの意識も少しずつ、変わってきたようだ。吉崎さんは「かつてはランニング1枚でまちを歩いていた人たちが、上着を羽織っていたり、以前より背筋よく歩いていたりする姿を見かけるようになりました(笑)」と話す。

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各部屋に描かれたアート

苦しいコロナ禍『日帰りプラン』を実施

しかし、順調だった事業環境は2020年に一変する。新型コロナウイルスの感染拡大を受け、宿泊客が激減。特に、「外国人客はゼロになってしまいました」(吉崎さん)。アートに彩られた空間は、しばらく静まり返った。

 

そこで吉崎さんは、別の手立てを模索。日帰りプランとして、テレワークの受け入れとイベントの実施を決めた。3部屋をテレワーク専用として、1時間1500円で提供を開始。イベントは2か月に1回、共有リビングでごはんを囲む交流会を始めた。

 

「人は、人と話したいんだ」。

日帰りプランを通じて、吉崎さんはそんなシンプルな本質に気づいたという。交流イベントを開けば、人が集まる。テレワークにしても、仕事の合間のちょっとしたおしゃべりが、利用客たちにとって大切な気分転換になっている。

「テレワークのお客様を見ていると、仕事をするには食事と昼寝、そしておしゃべりが大切な要素だと分かりました。

当初は、『部屋に机を置いておけばいいだろう』と考えていましたが(笑)、まったく違いました。」(吉崎さん)。

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常連のアーティスト オキジュンコさん

顧客ニーズを再認識 いずれはコミュニティスペースに

振り返れば、宿泊客を迎え入れていた時も、顧客ニーズは同じだったという。「初めての宿泊時は固い表情をしていた人も、(宿泊を)リピートするうちに〝我が家感〟を出してくれるようになるんです。そういう姿を見て、僕も積極的に話しかけるようにしていました」(吉崎さん)。

 

ここにやってくる人たちは、交流やコミュニケーションを求めている。厳しい外部環境にさらされる中、日進月歩が歩んでいく上で重要なヒントがそこにあった。

 

「建物のスペックで勝負しようとすれば、大手ホテルチェーンには敵いません。じゃあ日進月歩が提供できる価値は何かというと、『居心地のよさ』。アートと人とのつながりによって、居心地のよさを生み出し続けたいです」(吉崎さん)。

吉崎さんはその先に、日進月歩を“地域のコミュニティスペース〟にする、という理想像を描く。

 

『日帰り需要』という新しい強みを得た日進月歩。宿泊需要が本格的に戻ってきたら、それはより力強く発揮されるはずだ。

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共有リビングでの交流会

ライター

​フォトグラファー

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鹿島 香子

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小川 麻央

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